大変お待たせいたしました!

2013年1月13日スーパーフェスティバル@東京・科学技術館にて行われました

南城竜也氏のインタビューを2回にわたってお届けいたします。

「変身忍者 嵐」「鉄人タイガーセブン」で主演、現在も特撮ファンから根強い支持を得ている南城氏の

新人時代のお話などレアな内容となっております。御見逃しなく!!!

 

 

 

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<南城竜也氏 特撮アーカイブ>
☆ 司会
★南城氏

 

ご紹介します。
本日のゲストは南城竜也さんです。
皆さまに一言ご挨拶をいただけませんでしょうか。

 

こんにちは!こんなにたくさん(お客様が)いらっしゃってくださって
感動しました。みなさま今日はありがとうございます。スタッフの皆さま
お招きありがとうございます。こんなにたくさん、私が想像する以上にたくさん
集まってくださって本当にありがとうございます。
(感動を抑えながら・・・)もうちょっと時間が経てばゆっくり落ち着いて喋れると思います。

皆さまどうぞ、よろしくお願いいたします。

 

さっそくなんですが、役者になるきっかけは何だったのでしょうか。

 

子どものころから俳優に対する憧れがありました。昔は映画会社でニューフェイス制度
というのがありましてね、大映と東宝のニューフェイスを受けました。
落ちました。(笑)そのあと私が東宝の内藤洋子さんという方のファンだったので、

内藤洋子さんの恋人役という募集があり、それもご本人に会いたいがために受けたんですがことごとく落ちました。
大学3年生のときに本格的に演技の勉強がしたかったので東映の演技研修所というところに入りまして役者の勉強を始めました。

 

東映の演技研修所に入ってから、「変身忍者 嵐」(のハヤテ)役になるまでどれくらい学ばれたんですか?

 

研修所に入ったのが昭和44年なので嵐に辿りつくまでは約3年くらいかかりました。

 

その嵐の前にはTVや映画にご出演もされていたんですよね?

 

はい、特に「刑事くん」の出演が印象に残っています。
私はバスジャックの犯人役でしてね、お客さんの乗っていないバスをジャックするんですけどもその時バスガイド役だったのが今、話題の小林幸子さん。
幸子さんを人質にバスジャックするんです。それを桜木健一さん演ずる刑事が追ってきて、バスに乗り込み、3人で旅をするという話でした。(笑)

あれ、バスジャックはどこへ行ったんですか?!

 

バスジャック犯と刑事と人質で旅をしながら、友情が芽生えるという話だったんです。

 

運転手さんはノータッチなんですか?(笑)

 

運転手さんは画面に顔が映らなかったなぁ。

 

さすが事件を30分で解決する刑事くんはやることが違いますね。(笑)

はい、普通の刑事モノって1時間で解決するのに30分ですからね、
本当にすごい刑事だったんです!

 

それから、変身忍者嵐という役はオーディションで勝ち取られたんですか?

 

そうですね、仮面ライダーの時代劇版を作るということで
当時の東映の生田スタジオに行きまして、カメラテストとかオーディションを受けまして

そこで決めていただきました。

 

役に決まったときはどんな心境だったのですか

 

それが意外とポカーンとしていました。実感がなくて。

変身忍者嵐は仮面ライダーの時代劇版として制作されましたが
南城さんは当時仮面ライダーはご存知だったのですか。

 

仮面ライダーという作品の存在は知っていました。
巷ではライダーキックとか変身ポーズとか流行っているというのは
聞いておりましたが、見たことはなかったです。

 

では“自分が子どもたちのヒーローになる”という実感はどういうタイミングで
芽生えてきたんですか?

 

そうですね、台本を貰って、コスチュームを着て扮装し、雑誌社の方を集めてスチール撮影をしたりしていくうちにだんだん嵐の世界観がわかってきてクランクインを迎えました。

 

変身忍者嵐の平山プロデューサーからは作品に対してどんな話を受けていたんですか?

 

画面から飛び出すような、とにかく元気いっぱいにやってくれとご指示を受けました。
とは言っても私も新人だったのでなかなかうまくできなくて。
実は昨年、東映生田スタジオの故 内田所長を送る会で
40年ぶりに平山さんとお会いしたんですが私、泣いちゃったんですよ。
平山先生は泣き虫プロデューサーだったんですけど、私は泣き虫ヒーローでね、
すぐ泣いちゃうんですよ。「40年前にご指導受けたんですが、思うようにできなくて
すいませんでした。」と、40年間謝るタイミングがなかったんですけど
やっとお会いできて、泣いてしまいました。

 

 

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第2弾も近日アップいたしますので

お楽しみに・・・・☆